「空気」を読みすぎる若者におすすめの本:「空気」を読んでも従わない

KY(空気が読めない)

ということばが、ユーキャンの新語・流行語大賞にエントリーされたのは、2007年。

今の大学生が、小学生になった頃ですね。

彼らは、この言葉を常に意識しながら、小・中・高の生活を送ってきたのかもしれません。確かに、場の雰囲気をよく読むし協調性が高いと思います。

私は、2007年には既に社会人でしたが、この言葉の流行を知って「KYでいいやん」「ある程度KYじゃないと、何かを成し遂げることは難しいのでは」と感じていました。みんなが、空気を気にしすぎる世の中って不健全だなと感じた記憶があります。

空気を読みながら、それに従う生活をしていて、特に問題なければよいのかもしれませんが、空気に従うことで、ストレスを感じる、とか、本当はやりたくないことをしたり、やりたいことができなくなったりーということがあるのなら、すこし俯瞰して自分の状況を見つめる必要があると思います。

その時に役立つ本がこれ。

●鴻上尚史、「空気」を読んでも従わない: 生き苦しさからラクになる (岩波ジュニア新書)

鴻上さんは著名な演出家ですが、コミュニケーションなどに関する著書も多く、よく読んでいます。

鴻上さんの説明で非常に分かりやすいのは「社会と世間」という概念です。

日本人は島国で農作を続けてきたので、共同生活や作業が欠かせませんでした。そのため「村」ごとに助け合うが、方針に逆らったり批判されたりするようなことをすると「村八分」(家事と葬式以外の仲間外れ)にされたという歴史があります。

今でも、その名残はあり、地域やコミュニティによっては、それが強い場所もあります。

そのような、知っている人たちで構成された場所を「世間」というのに対して、「社会」は知らない人たちで構成された世界です。

日本人は「世間」を大切にして「社会」とのコミュニケーションをとらない傾向があるのです。

中年女性のグループが他の乗客を押しのけて、グループのために電車の席を確保する光景などを見たことありませんか?これは、社会を無視して、世間を大切にする例として紹介されています。

ただ、多くの息苦しさは「世間」で生まれるので、息苦しい場合は「世間」から抜けたり、複数の「世間」と浅く付き合うなどといった対処法が説明されています。

空気は読まずにはいられないけど、必ずしも従いませんよというスタンスは、自分の心の健康を保ちながら、自分の生きたい人生を歩むために不可欠なものだと思います。

全く同じことが、岩田健太郎先生の著書「主体性は教えられるか」にも書かれていました。

もっともっと多様性に寛容で、各々が自由に考え行動できる世の中になってほしいです。