『科学とはなにか(佐倉統著)』から、栄養学のステークホルダーについて考えた件

科学とはなにか 新しい科学論、いま必要な三つの視点 (ブルーバックス) | 佐倉 統 |本 | 通販 | Amazon

科学のこと、科学者について書かれた面白い本を読んだので、紹介したいと思います。

著者の佐倉氏は、京大理学研究科でチンパンジーの生態を調査するなど、科学のど真ん中で研究されていたようですが、現在は科学を外から見て「社会と科学の関係」「進化論と科学」ということを追究されている研究者だそうです(へぇ、そのような研究テーマに取り組まれている方がいるのね)。

この本は、ブルーバックスなので、研究者に向けて書いたというよりも一般の方にも読みやすい内容になっていると思います。

章の初めに、アガサ・クリスティーの小説の一説を引用して、そこから話が始まるという粋な構成にも好感を持ちましたが、内容について面白かったところを抜粋して紹介したいと思います。(以下の見出しは、当方で作成したものです)

1.科学者は学会と一般社会のどちらを向けばよいのか。

コロナ禍になり、これまで以上に科学者がテレビなどのマスコミによく出演するようになりました。

純粋な科学者は学術の世界で発表したり論文を書いたりすることが多く、一般社会に理解されません。

一方、学術の世界で全く評価されていない場合でも、マスコミに重用され一般社会では高名な科学者とみなされることもあります。

古い話ですが、ある教授はテレビなどからの出演依頼が色々ありましたが「NHKの●●(番組名)しか出ない」と仰っていたことを覚えています。一般社会に向けて情報を発信することは、伝えたいことを誤解される危険性もあるとともに、学術の世界で生きていく以上はそれほどメリットがないと認識している科学者が多かっただろうと思います。

私もこのところ、一般向けの書籍に関わる機会が増えていますが、お引き受けする際にまず悩むのが「一般書よりも、学術論文を優先しなければいけないのでは・・・」ということです。学術的な仕事と非専門家へ伝える仕事をどう割り振れば、自分の仕事の価値が上がるかということは、最近の私の思考の種でもありました。

それに対し、著者は次のように述べています。

専門家だけの見方でもダメ。素人だけの評価でもダメ。(中略)この両極端でない第三の道(中略)しかぼくたちの進む道はないのである。

科学者も社会のことも十分に考え、なおかつ、専門家集団の中でも高い評価を勝ち得なければならない。

P.9

やっぱり、その道しかないのか。

2.科学は誰のものか。

3章と4章では科学が誰のものかについて歴史的な背景とともに書かれている。古代は権力者のため、続いて国家のため、と変遷していきます。

さらには、民間企業のための科学技術の時代がきて、そして

冷戦後の、あるいは二十一世紀の科学技術は、一般市民、生活者、社会のためのものである。

P.133

この流れがとても興味深いと思う。

3.日本の強みと生活科学

建築、ファッション、弁当。そう、日本は衣食住に強いのだ。これは、科学者こそが、これからの科学技術のステイクホルダーとして重要になってくるという科学技術史の世界的潮流から見ると、他の国や文化にない、日本ならではの強みである。

P.229

衣食住を扱う学術領域としては、家政学や生活科学が長い歴史と大きな広がりをもっている。しかし(中略)自然科学や工学分野での高等教育や研究活動との接続は必ずしも十分にはなされてこなかったように見える。(中略)社会に根付いた、生活者のための科学技術を生産的に展開していくためには、このあたりの連携や協調をもっと進めていく必要があるだろう。

P.230

「食」や「栄養」については、まだまだ伸びしろがあると思っていましたが、このように俯瞰した視点での解説を読むことができて、勇気づけられました。

日本の強みである衣食住の一つである「食」について、より科学的な視点で研究対象とし、どうすれば科学のステークホルダーである「生活者」に知を還元していくことができるかについて、今後も考えていきたいです。

付録:科学者と英語

科学の成果である論文は、英語で書かれる。(中略)研究を進めるだけでも、地理的、言語的ハンディキャップがあるのに、さらに社会との関係についてもそうなのだ!

ヨーロッパやアメリカの研究者に比べて一般社会との関係をいっそう濃密にすることを意識しないと、うまくいかない構造的な状況にあることがわかる。

P.233